
樺 美智子さん
岸信介政権下で5月19日に衆院で強行採決された新安保条約は、その1カ月後の6月19日には自然成立することになったが、学生、労働者、市民で構成されるデモ隊は数十万人規模にふくれあがり、反対運動は激烈化していた。
岸信介はそれに恐れをなし、16日に赤城宗徳防衛庁長官に自衛隊の治安出動を打診したが、赤城が「出せません」と断り、自衛隊が国民に銃を向ける事態は避けられた。
軍国主義化を推し進める高市政権下の今、防衛相・小泉進次郎は断るだろうか?
私は彼なら自衛隊を出動させると思う。
将来憲法9条に自衛隊が明記され、緊急事態条項が加えられたらどうであろか?
スパイ防止法で思想弾圧され、60年安保時のような激しいデモは、その前に潰されて起こせないかも知れない。
反対運動を主導した安保改定阻止国民会議(国民会議)はこの6月15日をヤマ場とし、全国に統一行動を呼びかけた。国民会議の中心となった総評傘下の組合を中心に、全国で実に580万人が抗議行動に参加した。今では考えられない規模だ。

国会周辺を取り巻くデモ隊
学生のデモ隊が国会突入を図った。
その模様を共同通信はこう伝えている。
"全学連デモ隊の中の「工作隊」が国会の南通用門の扉を外した。守備側がバリケードにしていたトラックを、学生たちが引っ張りだす。構内には約1千人の武装警察官と100人を超える私服警官がいたが、一瞬うしろに引いた。
誘われるように入り込んだ学生たちを警察が包囲した。指揮者の「かかれ!」の合図で、警棒を振りかざして「やっつけろ」とかかってくる。前の方にいた学生は、警棒で頭、顔、肩を乱打され、腹を突かれた。逃げ出す者を追い、うずくまっている者を叩いて、後方の私服警官に検束させた。社会党の議員や報道関係者が制止しても、警官隊の暴行はやまなかった。混乱のなかで樺は斃(たお)れた。これが第1次の激突である。"https://www.47news.jp/4564091.html

警官隊に殴打された学生たち
60年安保闘争(1960年)では、「ラジオ関東」(現・アール・エフ・ラジオ日本)などが国会前の警官隊とデモ隊の衝突を現場から生中継していた。とくに6月15日の東大生・樺美智子さんの死亡につながった衝突の緊迫した様子は、アナウンサーによる生々しい実況で全国に伝えられられた、アナウンサーが「学生の頭に警棒が容赦なく打ち落とされています」と絶叫に近い声で中継していたのを、中学生だった私は憶えている、
樺美智子さんは私が卒業した高校(兵庫県立神戸高校)のちょうど10年先輩。

高校の級友たちと
私は彼女のことを神戸高校卒業した隣家のお兄さんから聞いて知っていたが、高校入学後、教師から彼女について話すのを聞いたことはない。
今もおそらくそうだろう。
そもそも60年安保闘争など忘れ去られて、歴史の教科書にも掲載されてはいないだろう。
デモ私は樺美智子さんを、60年安保闘争を忘れない。